四月どすん

入海(いるみ)が卒業前の休みを利用して、北海道に行き、お土産に、活ホタテを送ってくれました。殻の直径が十四、五センチはある立派なものでした。早速バターで焼いて醤油をたらし食卓に並べました。香ばしい身を口に運びながら住職が「おばあちゃん(私の母)は、この殻に絵手紙を描いとったなー」とひと言。そのひと言をきっかけにして、私にも若院にも、描いている母の姿や作品に描かれていた花や野菜や文字、飾っていた部屋の様子まで思い出があふれ、母を懐かしむときが過ごせました。その間、わずか一、二分ですが、三人が同じ思いを共有していると感じられる瞬間でした。私は、ホタテの身を殻から外し、下ごしらえをしている時から、母を感じていました。自分は描けないのだから、無駄になるとわかっているのに、貝殻をきれいに洗って干しました。それだけでも、いつもは母を忘れている薄情な娘が、今日は思い出せたと自己満足していたのに、思いがけず家族みんなで同じ思いを持てたことをとてもうれしく思いました。そして、北海道にはいろんな美味しいものがある中で、入海がホタテを選んだのも、ひょっとしたらおばあちゃんの姿を思い出してのことだったのかもしれないと思えました。「偲ぶ」とは、変わらない日常の中にあると知りました。生前の母は、一人暮らしを通し「無理して来んでもいいで」「もったいないから、そんなもんはいらんで」と、「遠慮と我慢が美徳」として生きていました。でも、内心はそうではないことはちゃんとわかっていましたけど(笑)。だから、今でも(私のことは忘れてもいいから、寺のことや家族のことを大事にしなさい)と言いながら、その実、みんなに思い出してもらったことを心底喜んでいると思います。

(文責 坊守)


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