七月住職法語

弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまへり
法身の光輪きはもなく 世の盲冥をてらすなり

世界中の社会と経済が大混乱に陥る中、もう一つの危機がアフリカ大陸で発生し、中東、南アジアを超えて、四千億匹のバッタの大群がインド・パキスタン国境から中国に迫っている”というニュースを見た。四千億もすごいのだろうが、国会のニュースでは“二十年度の歳出は百六十兆円を超える”といっている。バッタの数よりものすごい百六十兆という数がどんなものなのか、私の頭の計算能力は財布の中身の数万までしかなく、全く実感できない。また、最近のニュースでは理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」が、四部門で同時に世界一位を獲得したのだそうだが、この富岳は「二位じゃダメなのですか」のスパコン「京」(ケイ)の後継機である。この“京”というのは“兆”の上の位のようだ。そして、まだまだ上があるのだそうだが、どちらにしても私の財布の中身は一万円どまりである。時間の流れの実感もあいまいで、一億一千万年前の世界最小のかわいい恐竜卵化石が丹波市で発見された。地球の誕生は四十五億年前、日本列島の誕生は三百万年前、来る二〇二三年には、宗祖親鸞聖人のご誕生八五〇年、その翌年には立教開宗八〇〇年にあたる。自分の親が死んで何年たったか、すでにあいまいになっている私の頭では、時間と量の正確な実感把握がとても難しい。

阿弥陀様は、既に十劫の昔に成仏されたのだと、ご和讃でうたわれている。阿弥陀様が成仏するというのは、お正信偈のはじめのころにあるように、法蔵菩薩という人が四八の願を立て、すべての願を成就(成しとげ)して仏になられたということだ。中でも私たちにとって大切な願が第一八番目の願(本願)、単純に言えば“すべての衆生が往生しなければ、成仏しない”という誓いだった。そしてそれを完全達成されて仏となられたのが十劫の昔だった。この“劫”というのが、“兆”より“京”よりもっと上の位のようで、宇宙誕生の一三八億年をはるかにしのぐ昔となる。そんなずっと昔に阿弥陀様は“すべての衆生が往生しなければ、成仏しない”という願いを成し遂げ成仏されている。しかしここでどうしても、疑問が生じてしまう。“すべての衆生”の中に“この私”は入っているのだろうか?もちろん“すべて”というのだから“この私”も、だろう。そうすると“この私”は恐竜の卵より、地球の誕生より、宇宙のビッグバンよりも、もっと昔に往生しているということになる。しかし、今この私の生きるここの世界は、コロナウィルスの恐怖に怯え、一人の馬鹿がボタンを押せば吹き飛んでしまう五濁悪世悪世界である。どうしてそんな世界に生きる自分がすでに往生しているといえるのだろうか。この疑問を解くことは、財布の中身の金くらいしか数えられない頭で理解できるものでなく、信心の智慧によってのみ解き明かすことができるのだ。そして、「二位じゃダメなのですか」と事業仕分けに挙げられながらも世界一位を獲得したスパコン「京」を百倍超えて世界一位に君臨する演算能力を持つ「富岳」をしても及ばない信心の智慧(仏智)を、私たちは念仏によって獲得しているのだ。

(文責 住職)

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