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三月どすん

去年の、秋もそろそろ終わるころの私の住む町でのお話です。
いつものように庭先のお花に水をやろうかと玄関を出たA子さんの目に、道路を這うようにして進むおじいさんの姿が飛び込んできました。気分でも悪いのかと急いで駆け寄って話を聞くと、ここから五百メートルほど離れた電気屋さんに髭剃りの替え刃を買いに、バスに乗って隣の町から来たとのこと。このままではとても五百メートルは歩けないと思った彼女は、家にあった亡きお母さんの手押し車を進めてあげました。そこに隣の石屋のご主人が出てきて「僕がお店まで送ってあげるわ」と軽トラの助手席に乗せてくれました。安心はしたものの、あれではとても家まで一人で帰れまいと思ったA子さんは、実家がおじいさんの近くだった私を思い出し「おうちの人を知らない?」と電話をくれました。残念ながら、私はおじいさんの名前に心当たりがありません。でも、何か役に立つことがあるかもと、A子さんの家に自転車を走らせました。その間、わずか十分ほどでしたが、事はずいぶん進行していて、お店で替え刃を買い求めたおじいさんを、今度は、お店のご主人がバス停まで送ってくれました。さらに、おじいさんが乗るバスを確認し、運転手さんに、下りるバス停を告げて、間違いのないようにお願いしてくださったとのこと。(これで大丈夫)いえいえ、バス停からお家までの道を案じるA子さんは、おじいさんの住む地区のB子さんに電話で事情を話し、バスが着く時刻を知らせました。B子さんは、バス停でおじいさんを待ち、一緒にお家までついていってくださったということです。登場するすべての人が幸せになれた、心がほっこりするいいお話。ほんの少し皆さんにおすそ分け。

(文責 坊守)