源信広開一代教 偏帰安養勧一切
専雑執心判浅深 報化二土正弁立
源信和尚(942~1017)は平安時代の中期に生まれ、比叡山の横川で念仏を修されました。親鸞聖人は源信が亡くなられて百五十年ほどたった同じ横川で青年時代を二十年間すごされ、その間に先師の残した経典や、書かれたたくさんの書物、中でも『往生要集』に学ばれたのはもちろんでしょうが、彼が一心に修された念仏の声が染みついた横川のお堂の中で、お念仏の声を聞き、その心を育てられたように思うのです。
『往生要集』が撰述されたのち、これを根拠として横川では僧侶たち二十五名が盟約を結んで「二十五三昧会」というものが結成されたのだそうです。これは、二十五名の同志が契りを結び、毎月十五日の夕刻に集まって念仏三昧を行じ、病人が出た時には相互に看護し、臨終には行儀にしたがって念仏して見送り、ともに浄土の往生を期するというものでした。
私が龍谷大学に入学した一九八〇年頃、日本も高齢化社会の問題が少し意識されるようになっていました。信楽先生はいち早くその社会状況をとらえ、真宗学を学び始めた私たち学生に、これからの真宗教学は聖教を読み、解釈し、内輪の議論に自己満足している伝統宗学の真宗学ではなく、現代社会の中で生きる一人一人が仏陀の教えに出合い、親鸞聖人のお念仏にであい、生きていくための真宗教学を身につけるよう教授していただきました。その一つが「看取り」(ターミナル・ケア)の問題でした。時代が変わろうが、場所が違おうが、生まれた命は一日一日老い、やがて病んで、いつか死んでいく“生老病死”は仏教の教えの基本である。しかし現代社会は戦後老いを隠し、死を無視して健康なものだけを表にして高度成長してきた。今(一九八〇年頃)高齢化が進む中、人の命の現実にしっかりと目を向け、老いと死を考え、社会と共に支える実践力を念仏者として身につけることが真宗教学の課題であることを教えていただきました。それからもう半世紀近くなる中で、社会は超高齢社会となり、自らの死も決して遠くはない年齢となってきました。あらためて源信から始まった「臨終行儀」について、我が事としてよくよく考えなければならないと感じています。
近年介護の在り方、医療の在り方、葬儀の在り方、お墓の在り方等、寺を取り巻く状況が激変しています。学生時代から念仏者として少しでも具体的にこれらの問題に向き合い取り組んできたつもりですが、納得できるものはありません。それでも、源信和尚が結ばれた「二十五三昧会」の精神を、これからもその時その場所で自分の中に具体化し、試行錯誤しながら自らの老いを支え、臨終を見送ってくれる環境を整えていきたいと考えています。
今社会は国内外の政治不安・脅威が激しくなっていますが、足元の家族という基本的集団の在り方も激変しています。それをうけ、今年の四月には改正家族法が施行されます。新たな時代の訪れが予感される中、「二十五念仏三昧会」を自分の浄土往生に向けて確立するとともに、自分が死んだ後のこともしっかり考えておかなければならないと考えています。 (文責 住職)
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