行者正受金剛心 慶喜一念相応後
与韋提等獲三忍 即証法性之常楽
謹んで新春のお慶びを申し上げます。
新しい年を迎えるにあたって、今年はどんな年にしたいのかを考えます。“日に日に世界が悪くなる”と、朝ごはんの時に毎日聞いていると“みんなそう思うようになってきたのだな”と逆に少し安心したりしていますが、やはり今年は何とか世界が少しでも平和で、安らかで、穏やかになるように私なりに努力をしていきたいと思います。
「与韋提等獲三忍」と出てくる“韋提”とは、韋提希(イダイケ)夫人のことです。浄土真宗は、数ある経典の中で三つの経をよりどころとしています。 それは『大無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』の浄土三部経です。この中の『観無量寿経』は、韋提希夫人がお釈迦様に願い出て説かれた経典です。
二五〇〇年ほど前、お釈迦様がおられたころのインドに、マガダ国という大きく豊かで立派に栄えていた国があり、そこに王舎城という城がありました。そこの頻婆娑羅(ビンバサラ)王の妃が韋提希夫人です。そして二人には阿闍世(アジャセ)という王子がいました。この三人を取り巻いて引き起こされた惨く悲しい家族の苦しみの物語が『王舎城の悲劇』です。これを題材にした劇作や小説、解説本なども数多く、おもしろいものがありますので、また見てみてください。
要は、この王舎城の王子の阿闍世が謀反を起こし、王である父の頻婆娑羅王を殺害し、王位を奪うという事件が起こり、母の韋提希も牢獄に幽閉されるというものです。韋提希夫人はその苦悩の中で釈迦に説法を乞うたところ、釈迦は牢獄の中の韋提希夫人の前に現れて阿弥陀仏の教えを説きました。それが『観無量寿経』なのです。善導大師はこの『観無量寿経』を詳しく注釈した『観経疏』を著し、この経典の結びにおいて明らかにされるところの念仏往生の道に注目し、我々のごとき罪深く善根を修しがたい凡夫の往生成仏の道として、称名念仏往生の道が説かれていることを示されたのです。
この王舎城の悲劇は、個人、家族、社会、国家それぞれのレベルで存在する苦悩が、時代、場所、国家を超えて遍在することを示唆する物語です。私たちはこの物語を自分事として追体験することで、念仏一つの信心の“めざめ体験”を得ることができ、悲しく苦しい人生の中にも、必ず浄土に往生する慶びの中に、日々暮らさせていただけるのです。そしてそこには必然的に、信心における新しい人格の成熟、主体の形成が生まれてくることとなり、さらにそこには、新しい念仏者としての行動の原理とその実践が芽生えてくるのです。この念仏者の実践が、今の慶びのない世界に平和をもたらす原動力となるのです。
普段一緒に読むことの少ない『観無量寿経』ですが、勝林寺のホームページに〈三部経千部読誦〉のコーナーができています。動画を見ながら声に出してお経を読み、回数を重ねることで、今年はみんなで「三部経千部読誦」を目指しましょう。 (文責 住職)
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