八月 住職法語

天親菩薩論註解 報土因果顕誓願
往還廻向由他力 正定之因唯信心

 ようやく梅雨が明け、海水浴シーズンの到来です。子どもたちが小さい頃は、毎年浮き輪をもって、竹野の浜や久美浜に泳ぎに行ったものですが、ここ最近、夏の海の様子がすっかりわからなくなってしまいました。それでも、出石の観光客の数は夏休みに入ると一気に増え、みるからに海水浴帰りの日焼けした子どもたちが寺の前の通りをはしゃぎながら歩く姿を見ると、とても楽しそうで、頑張ってまた海に行ってみようかとも思いますが、いやいや今ではもうこの夏の暑さ、浜の暑さに耐えられそうもありません。

 さて、勝林寺の前の道はご存じのとおり一方通行です。境内から出るときは、右にしか曲がれません。一方通行ですから右からは車が来ないことを信じ、左だけを見て車が来ないことを確認して門から出れば良いのですが、この時期は右側も充分に確認して出ないととても危険です。一方通行の交通ルールなんて信じられません。交通ルールは社会の中で人々が安心・安全に生きていくために作ったルールです。みんなが守るものだと信じています。しかし、夏休みの観光地では往々に一方通行の逆走があり、妄信して飛び出すと事故にあいます。
 私たちは交通ルールだけでなく、政治、経済、文化など様々な面で人と人との信頼と、国家的な制度を信用して、安心・安全な日々の生活を送っています。しかし、人の世の信用はあてにならないと教えるのが仏教です。信じて飛び出すと事故にあいます。交通事故も恐ろしいですが、私たちはつい七十年余り前に国を信じ、多くの人たちが敵の空母に突っ込めばお浄土に行けると信じ、尊い命を落としていきました。決して遠い昔のおとぎ話ではありません。そして今も、外からさめた目で見れば愚かで、おかしな人間行動が妄信によって世界中で多くの命を奪い合っています。

 私たち浄土真宗の教えは“信心”がかなめになっています。この“信心”が特徴となって、法然上人の浄土教とはまた別の、親鸞聖人によってあきらかにされた浄土真宗があります。そしてその信心は“他力の信心”として表現されています。人の世に蔓延する妄信に、光を当てる仏の知恵としての信心をわが身に得ることが“他力の信心”であり、私たちはそのことで世間を越えてお浄土に往生することが定まった正定聚の位につくのです。“阿弥陀様万歳、ナムアミダブツ!”と叫んで自爆することは確信であっても妄信であり、自力の信心の極みです。

 毎年八月八日に、勝林寺では戦没者の追悼法要を行っています。私たちは戦争という悲惨な社会的過ちを反省し、誤った歴史を二度と繰り返さない学びを深めるとともに、お念仏の中に聞き取られる他力廻向の真実信心によって、これからも何が起こるかわからない五濁悪世のこの世界をひたすらお浄土に向かって生きていこうとしているのです。

 勝林寺を出るときには門の前で一旦停止をして、右側左側しっかりと確認の上、交通ルールを守って一方通行右側に進んでください。

              (文責 住職)

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