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十二月住職法語

善導独明仏正意 矜哀定散与逆悪
光明名号顕因縁 開入本願大智海

善導大師は中国の隋の時代(六百十三年)に山東省で生まれ、唐の時代(六百八十一年)に六十九歳で亡くなられています。幼くして出家されたのですが、早くから浄土教に帰依し、『観無量寿経』を学んだと伝えられています。そのころには、末法という危機的な時代意識が広まり、歴史と人間についての深い反省が生まれていたのですが、『観無量寿経』は、何らの善根を行うこともできない罪悪深重の凡夫が仏になる道を説いた教えとして、当時の仏教徒から注目され、尊重されており、善導もそのような社会状況の中で、この経典に出逢ってそれを学ぶようになったのだといわれています。

末法思想とは、釈迦が説いた正しい教えが世で行われ修行して悟る人がいる時代(正法)が過ぎると、次に教えが行われても外見だけが修行者に似るだけで悟る人がいない時代(像法)が来て、その次には人も世も最悪となり正法がまったく行われない時代(=末法)が来る、とする歴史観のことです。日本では平安初期には末法であるとの自覚が見られ、仏教が堕落し社会が混乱している時代、つまり平安時代末期、貴族の政治が衰え、また武士が台頭しつつ、治安の乱れも激しく、民衆の不安は増大し、また仏教界も僧兵・強訴の台頭によって退廃していった時代でした。このように仏の末法の予言が現実の社会情勢と一致したため、人々の現実社会への不安は深まり、この不安から逃れるため厭世的な思想に傾倒していったのだといわれています。あと三回ほどになった『鎌倉殿の十三人』の血なまぐさい世界がその時代であったように思われます。そんな時代に生まれ育った鎌倉新仏教の祖師たちに末法思想は大きな影響を与え、私たちの浄土真宗の開祖親鸞聖人は、法然上人が末法濁世の衆生は阿弥陀仏の本願力によってのみ救済され、称名念仏による救済を広められたのを受け継ぎつつ、正法・像法・末法といった時代を超えて受け継がれてきたお念仏の普遍性を私たちに示していただいたのです。

そして今、親鸞聖人がご誕生になって八百五十年となる現代、“人類の進歩と調和”を疑わずに突き進んできた日本社会ですが、そこに築かれた世界は、勝手な欲望で地球環境をとことん破壊し、怒りと憎しみと嫉妬で対立し、一瞬にして人類をせん滅させる科学技術を駆使した戦争に日々おびえる、五濁悪世悪世界が広がっています。やはり鎌倉時代から八百五十年が経過する中で、ますます末法濁世は深まっているのだとの危機的な時代意識を持ち、歴史と人間について深い反省を私たちは持たなければならないと思います。その中でこそ善導大師が出逢い、法然上人が選び、親鸞聖人が示していただいた阿弥陀様の本願の念仏に、子や孫をしっかりと出逢わせていかなければならないと強く感じるのです。

 勝林寺のホームページでは『正信偈』のお勤めに続き、『観無量寿経』のお勤めも唱和できるよう準備しております。皆さんお勤めしてみてください。

       (文責 住職)