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住職法語 2025-08

天親菩薩論註解 報土因果顕誓願
往還廻向由他力 正定之因唯信心

六月に封切られた映画「国宝」人気の影響でしょうか、勝林寺界隈の観光客が増加している気がします。それに学校が夏休みに入ったせいもあって、家族連れの若い人が多いと感じます。私も家族で何年かぶりに映画を観に行きました。もちろん「国宝」です。三時間の大作と聞いていたので、途中で寝てしまうだろうなと覚悟していましたが、まったく寝る暇もなく、エンドロールの玉井慎太郎君の名前もしっかり確認して最後まで楽しませていただきました。しかしさすがに三時間は長く、話の展開が往ったり来たりして“往生際の悪さ”を私は少し感じました。それはずいぶん昔に観た、ターミネーターⅡという映画の“往生際の悪さ”に似た感覚でした。

それはさておき、私たちは“念仏して浄土に往生し仏となる”教えに生きています。この“往生”ということが浄土真宗の教義の中で大変重要な意味を持っています。今月の正信偈の四句は、お釈迦様の教えを親鸞聖人のもとに届けた七人の高僧のうち、インドのお二人の高僧を経て中国に入ったところの第三祖曇鸞和尚の教えを讃える句です。いきなり「天親菩薩」と出てくるのでややこしいですが、天親菩薩の書かれた「浄土論」という本を注釈して「浄土論註」という本を著され、“他力の信心”について明らかにしていただいたのが曇鸞様なのだと親鸞聖人は讃えられているのです。

私たちは念仏して浄土に往き生まれ、仏に成ります。しかし、それは弥陀の本願の力によるもので、すなわち“他力”によるものだと聞かせていただくのが“他力の信心”です。阿弥陀様の願いによって成る仏なのですから、阿弥陀様と同じ願いを持つ仏になっていくのです。それは自分一人の悟りにとどまる仏ではなく、一切の衆生の成仏を願う仏となるのです。だから、仏と成ったら私たちを仏にするためにお浄土から還って(かえって)きて一切衆生を救うために働きだすのです。今の私たちが此土(この世)から浄土に向かって往生するはたらきを往相回向といい、浄土から此土(この世)に還って衆生(私たち)を救うはたらきを還相廻向といいます。この二つを合わせて「往還二回向」と呼ばれ、阿弥陀仏の救済のはたらき(他力)は往くだけの働きでなく、還って衆生を済度することも備わっていることが大切なこととなります。往ったらすぐに還ってくる。往生際が悪いようにも思いますが、念仏によって獲られる成仏とはそうゆうものなのです。

お浄土へ往く道は自分のためのこととして自利の行です。安住の浄土を捨て還って衆生を救う道は利他の行です。二つは別々のことのようですが、その二つの道が一つのことであるところに大乗仏教としての念仏成仏の道があるのです。私たちの日常生活の中でも未完成ながらにこの二つの道を一つのこととして死ぬまで歩ませていただくのだと思います。福祉事業などやっているとそのことを常に強く意識させられます。人助けのためとはいえお金は儲けなければいけない。まだ完全に往生できていない私が、純粋に他人を助ける行いをできるものでもない。それでも干ばつで人々が餓死しそうになっていれば、三部経を千部読誦してでも救いたいと思うのが、弥陀の本願の中で念仏にであったものの心情でしょう。

(文責 住職)