還来生死輪転家 決以疑情為所止
速入寂静無為楽 必以信心為能入
前作の朝ドラ“ばけばけ”が終わってから、小泉八雲の本を買い求め読んでみました。国語の教科書でラフカディオ・ハーンの名前は知っていたものの、読んだことは一度もありませんでした。そういえば、前住職が酒に酔うと「ホ~いち~~ ホ~いち~~」と、小さな私に『耳無し芳一』の話を眼鏡はずして語り、私は泣かないまでもずいぶん怖いおもいをしました。それを見ていた母が「そんなしょうもない話を酔ってするのは子供の教育によくありません。」と父を叱っていたのを想い出します。
“ばけばけ”最後の週のお話で、ベストセラーの呪縛に苦しむヘブンに、トキが「学がない私でも読めるの本、楽しいの本、書いてくれませんか」と提案。そこで生まれたのが『KWAIDAN』ということでした。そこへ、昔からヘブンの文才を高く評価し、愛しつづけてきたアメリカの編集者であるイライザ(十年前の朝ドラ“マッサン”のエリ―ちゃん)がやってきて「まさか…なぜ。なぜ最後にこんな幼稚な!」と激怒します。ベストセラーを期待した彼女にとって、民話の怪談集は理解しがたい選択だったのです。案の定『KWAIDAN』は当時西洋では受け入れられず、ベストセラーにならずに終わりました。しかし現代、『怪談』は世界的名著となって百二十年以上読み継がれているのです。
私が受けてきた教育の中でも『日本の怪談』は取り扱われてきませんでした。幽霊・妖怪・霊魂・怨念、そして地獄や輪廻転生は古臭い、幼稚な知性の戯言としてバカにされてきたように思います。しかし、親鸞聖人のお念仏は日本文化の中で生まれた仏教です。小泉八雲が、滅びつつある日本の精神文化を、命削って執筆した『KWAIDAN』は、お念仏を味わううえでも大切な作品だと思いました。
その中の一つ、『常識』という作品のあらすじを紹介します。 〈ある寺の和尚のもとに夜な夜な普賢菩薩が姿を現すという。和尚と親しい猟師がそれを聞いて和尚のもとを訪ねる。毎晩和尚と一緒に菩薩を迎えているという小僧の言葉に疑問を抱く。その夜、和尚たちとともに光り輝く普賢菩薩の姿を見ることが出来た猟師だが、突然立ち上がり菩薩に矢を射掛けた瞬間、悲鳴とともに光も菩薩の姿も消えた。和尚は半狂乱になって猟師を罵るが、猟師は「徳の高い和尚が仏を見ることが出来るのはわかるが、小僧や殺生を生業とする猟師の自分にまで姿が見えるとはおかしい。仏を騙り、和尚の命を狙った化け物の仕業ではないか。」と言って理路整然と和尚を諫め、翌日様子を見てみようと告げる。果たして、寺から血のあとを辿ってみたところ大きな古だぬきが猟師の矢を受けて倒れていた。和尚は学問があり、修行を積んでいたにもかかわらず、化け物に手もなくだまされていた。一方の猟師は、学問はなかったがしっかりとした常識を身につけていたため、妖しいものを見破り、危険を脱することができたのである。〉
(文責 住職)
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