光雲無碍如虚空 一切の有碍にさはりなし
光沢かぶらぬものぞなき 難思議を帰命せよ
秋のお彼岸を境にずいぶんと涼しくなり、道端にも彼岸花がたくさん咲いています。最近白い彼岸花も目にするようになり、紅白幕のように赤と白が交互に咲いて、おめでたい感じがします。私事ではありますが、次男の入海ところに女の子が誕生しました。名前は〈穂波(ほなみ〉と名付けられました。これで私も遅ればせながらやっとおじいちゃんになりました。九月は、少し先輩の住職(他宗派)が突然お亡くなりになったり、長くお念仏をともに称えさせていただいたご門徒が続けてお二人亡くなったり、人生の別れと出会いが折り重なった月となりました。生まれることと死ぬることは全ての命が必ず経験する出来事です。お釈迦様が初めて私たちに説かれた仏教の教えの中に、人生は「苦」であるということがあります。何が苦なのかというと「四苦八苦」なのだそうです。まずは根本的な苦として“生・老・病・死(しょう・ろう・びょう・し)”を四苦とします。それに”愛別離苦(あいべつりく)・怨憎会苦(おんぞうえく)・求不得苦(ぐふとくく)・五蘊盛苦(ごうんじょうく)”を加えて八苦となります。詳しい説明はまたの機会にするとして、穂波ちゃんの誕生は喜びです。しかしこの小さな命の誕生の裏には、生まれてくることができず去っていった何百億もの命の支えがあるのです。そして生まれることはこれから多くの命を犠牲にして育ち、生きていくことです。産まれるときの母の苦しみも大きかったようですが、まだ歩くことも話すこともできない赤ちゃんが歩き出し、言葉をおぼえ、理屈を言うようになって成長しながら、危険に会い、悩み、戸惑いながら歩む人生の中で、多くの苦しみを味わって生きなければならないのです。そのうち子供は、親に頼らず一人で食べ、一人で立ち、一人で歩き、一人で考える力をつけて大人になります。浄土真宗で最も大切にされるお経「仏説大無量寿経」の中に“独生独死独去独来”とあります。どのようなものであれ、人間というのは一人で生まれて一人で死んでいくということです。そしてこの世に来たときが一人であるならば、去るのも一人であるということでもあります。
今人類は、子供が大人に成長していくように自然に頼らず一人で食べ、一人で立ち、一人で歩き、一人で考える力をつけて近代文明社会を創りあげました。最近では急速にAI(人工知能)の技術が発達して、新しい未来社会の展望が広がっているようです。私たちの世界から、“不思議”な出来事がどんどんなくなって、人間の知能よりももっと優れた知能で分析することによって、人の命の誕生も、人の命の終わりも、科学的に解析し、予測可能な出来事として処理できる可能性が出てきているようです。しかし、私たちが帰命する“不思議”が消えていく世界は本当に明るい未来なのでしょうか。
穂波ちゃんには、スマホに支配されず自分の足で大地に立ち、自分の目で自然を見つめ、自分の頭で悩み考えて、本当の世界の不思議に出会える正しい未来の大人になってほしいです。
(文責 住職)
X
Facebook
LINE
WhatsApp
Pinterest