弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまへり
法身の光輪きはもなく 世の盲冥をてらすなり
最近地域の話題といえば「少子高齢化」にかかわる話題が多くなっているようです。“子供が減った・働き手がない・空き家が増えた・年寄りが増えた・あの人が倒れた・この人が死んだ”。私は福祉の世界にかかわって生きてきたので、余計にそんな声ばかりが聞こえてくるのでしょうか。それに加えて世界は“核問題・食糧危機・戦争・異常気象・政治不信”と暗いニュースばかりです。今の社会は“世の盲冥”(せのもうみょう)がいよいよ深まり、一寸先は闇の世界を、目をつむって突き進んでいる気がします。
たしかに私たちは今まで見ることのできなかった色々なものを、明らかに見ることができるようになってきました。驚くほど鮮明な画像で見るサッカーのワールドカップは、いよいよ決勝トーナメントに進み、日本対ブラジル戦が6月30日(火)午前2時から放送されるようです。画像の鮮明さだけでなく、いろいろな角度から無数のカメラが試合を監視し、おもしろく編集して、臨場感にあふれるリアルな映像をお茶の間にとどけられる技術は、本当に朝の2時からでも起きて観戦したい気持ちになります。これだけ明確に細かく試合が映されることで、スポーツの審判はどのスポーツもかわってきました。人のカンや、権限で押し切られてきた判定が、つぶさに公平に判断できるようになって、一段とスポーツの面白さは増したように思います。この物を見て判断する技術の向上はスポーツ観戦だけでなく、いろいろな日常生活の中でも活用されてきています。気象予報、交通事故、犯罪現場、戦争・・。いいことに使われて昔より世界が明るく見通しできるようになったようでありながら、何でも見える科学技術によって世の闇がますます深刻化し、世界が破滅的な状況に立たされている気がしてなりません。
昔から浄土真宗の教えの中に「十劫成仏の矛盾」があります。今月のご和讃には「弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまへり」とあります。すなわち阿弥陀様は既に十劫の昔に成仏されている。阿弥陀仏は全ての衆生が仏にならなければ成仏しないと誓われているのだから、衆生の一人であるこの私も既に成仏していることになるのでしょうか?「阿弥陀仏が十劫前に成仏した時点で、衆生の往生もすでに決定している」。 だから「信心も念仏も不要」とする誤解が広まったこともありました。古くから論議され、いろいろな説が山積みされていますが、何か理屈ではすっきりしない感じがします。
十劫の昔に成仏された阿弥陀様の光明に照らされて、私たちは盲冥〈「盲」(もう)…目が見えない、真理を見通せない。「冥」(みょう)…暗い、心が闇に覆われている。この二つが合わさって、「真実が見えず、闇の中をさまよう心の状態」〉は破られているはずです。しかし今の世界は、いくら阿弥陀様の光輪にキワもなく照らされているといわれても、暗く、愚かな社会の未来しか見えてきません。
もうこの世で生きることが残り少なくなってきた私は、絶望的な未来社会だけは見ずに、終えたいと思うことが多くなりました。
(文責 住職)
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